三十七日目
2021.1.1(金)
行程:太山寺奥の院→クラウンヒル松山
【奥の院の一夜】
20kgほどのザックを背負って登り詰めた山頂には5mほどの観音像が建っている。もし寝ているときに地震が起きて観音様が倒れてきたら押しつぶされるだろう。場所を選んでテントを張る。プレミアムモルツのロング缶を観音様の前にそなえ、日本酒の4合瓶をお不動さまの前にそなえる。では、いただきます。……37日ぶりのビールが胃袋に浸み込んだ。
夜も更ける中、テントの中では宴会が始まる。おそばをゆでて日本酒をあたためて練り物を食べる。寺のすぐ裏にいるのだから除夜の鐘が聞こえるだろうと思っていたのだが期待外れ、何にも聞こえなかった。昨日は7つも寺を訪れたのにどの寺も除夜の鐘を撞かないのだろうか?
時折こげくさいにおいが鼻に突く。その度にテントかシュラフを焦がしてしまったか?!と慌てて周りを見るが何も焼けている様子はない。
夜中に寺の人が見回りにも来ない。年越しの瞬間まで起きていることもおっくうになり、シュラフにもぐりこんだ。
【元旦】
朝である。もそもそと朝ごはんを食べる。日本酒をちびちび飲む。
外に出てぼつぼつ消えていく街の光を眺める。観音様の足元に座って贅沢な時間をひとり過ごしていると人が会話する声が聞こえる。足もとからである。誰かが登ってきたのだ。
「おはようございますー」
ひろげまくった食料、食器類を片付けつつ挨拶をする。
登ってきたのは男女の二人組。お二人は知り合いというわけではなく、毎年正月に初日の出を見るときにだけこの山で出会うのだという。
初日の出を待ちつつ話をしているとまた一人、白人らしい顔立ちの男性がやってくる。この方もお二人と知り合いというわけではなく、毎年正月に初日の出を見るときだけにこの山で出会うのだという。
先にいた女性の方は生粋の日本人である。しかし自己紹介された名前はとても日本のものとは思えない。尋ねてみると、昔に流行ったCMの真似をして外国風の名前を名乗っていたら定着し、今では郵便物すら外国風の名前で届くくらいに定着し、逆に本名の方が知られていないとのことだった。一方あとから来た男性の方は日本国籍を取得し日本名を名乗っている。
太陽は久万高原の方角から上がるはずだ。しかし雲が厚い。去年も雲が厚かったが待っていたら甲斐あって初日の出を拝むことができたという話題で盛り上がっている。
女性は笑い話を披露する。
去年のことである。雲がかかっており日の出はもう無理かもな……という雰囲気がただよっていて、同席していた悲しそうな顔をしている子供に「人生、あきらめが肝心やで!」と言っていた。しかし初日の出がでたとたん、「ほら!何事もあきらめたらあかんで!」と言ったという話だ。子供はぽかーんとした顔を彼女に向けた。大人は都合いいなーというオチでしめくくられた。
今年は無理かもねーという雰囲気が漂う中、雲の切れ間から瞬間、光が差した。
真っ赤な光は太陽のもの。初日の出がちゃんと姿を現した。みんなで写真を撮りまくりわいわいと楽しむ。
一通り写真を撮り終えて3人が去った後、犬を連れたご夫婦が山頂にやってきた。
太陽はすでに雲をつきぬけてしっかり輝いている。ご夫婦は写真を撮り、コーヒーをふるまってくださった。お遍路であることを告げると飴玉をいただき、昨日ここで泊まったことを告げると「えーここで泊まったの?!火はちゃんと管理してね!」と言われた。どうやらこの山、去年、といってもほんの二か月前なのだが、火事があったらしい。
ご夫婦の男性は消防団に属しており、その時の様子を語ってくれた。
夕方に火の手があがり、通報が届いた。山頂からの眺めはもちろん、ふもとからもよく見えるこの山頂が燃えるさまは山のぐるり360度すべての集落から見えており、通報がどんどん来た。
山頂には水がない。消防団は20mホースを60本つないで、ようやって山頂まで水をもっていった。日頃の訓練の甲斐あり素早く鎮火させたので大事には至らなかったが、風の強さや天候いかんでは太山寺はおろか周辺の家家も燃えていただろう。火元はいまだ明らかになっていないが、山頂の一本の木の根元が特に真っ黒にこげていたので、そこが火の発生元であり、火種はハイカーが捨てたタバコが原因ではないかと推察されている。
なるほどきのうの焦げ臭さは火事の残り香だったのか。言われてみれば周りを見渡すと木の幹が黒く焦げている。
ご夫婦は山を下りていく。
私はプレミアムモルツのロング缶を開けると朝日をみながら喉を潤した。
その後もいろんな人が登っては降りていく。なんだかNHKの72時間定点観測する番組を見ている気分だな、と思いながら松山の人々と会話する。そうして日も高くなった11時頃、テントを撤収して山を下りた。
寺にはたくさんの初詣客が訪れている。だが奥の院まで行く人はまれらしい。
御朱印帳を抱えた人に今日中に円明寺へ行くか尋ねられ、行きませんと答えた。もしかしたら方向が同じだったら車に乗せてくれる心づもりだったのかもしれない。感謝しつつ寺を辞する。
今日は一日お休みにするので、これから松山市街のホテルへ向かう。微妙に逆打ちになるので道標がない分、道がわかりづらい。成願寺や久万ノ台温泉などをおとずれつつ次の機会のために野宿適地を探しつつ歩く。松山の市街地まで来てセブンイレブンの前でWi-Fiだけ借りて明日以降の予定を立てる。どうもそこで手袋を片方落としたらしく、ここから先は片方手袋ナシで旅をつづけることになる。Wi-Fiを使ったのに何も購入しなかったため『やられた』のだ。反省した。
時間をつぶしてホテルに到着し、今日はゆっくりと過ごした。
【使ったお金】
ごはん 624円
お酒 539円
お賽銭 0円
宿 3,400円
洗濯 500円
2021.1.1(金)
行程:太山寺奥の院→クラウンヒル松山
【奥の院の一夜】
20kgほどのザックを背負って登り詰めた山頂には5mほどの観音像が建っている。もし寝ているときに地震が起きて観音様が倒れてきたら押しつぶされるだろう。場所を選んでテントを張る。プレミアムモルツのロング缶を観音様の前にそなえ、日本酒の4合瓶をお不動さまの前にそなえる。では、いただきます。……37日ぶりのビールが胃袋に浸み込んだ。
夜も更ける中、テントの中では宴会が始まる。おそばをゆでて日本酒をあたためて練り物を食べる。寺のすぐ裏にいるのだから除夜の鐘が聞こえるだろうと思っていたのだが期待外れ、何にも聞こえなかった。昨日は7つも寺を訪れたのにどの寺も除夜の鐘を撞かないのだろうか?
時折こげくさいにおいが鼻に突く。その度にテントかシュラフを焦がしてしまったか?!と慌てて周りを見るが何も焼けている様子はない。
夜中に寺の人が見回りにも来ない。年越しの瞬間まで起きていることもおっくうになり、シュラフにもぐりこんだ。
【元旦】
朝である。もそもそと朝ごはんを食べる。日本酒をちびちび飲む。
外に出てぼつぼつ消えていく街の光を眺める。観音様の足元に座って贅沢な時間をひとり過ごしていると人が会話する声が聞こえる。足もとからである。誰かが登ってきたのだ。
「おはようございますー」
ひろげまくった食料、食器類を片付けつつ挨拶をする。
登ってきたのは男女の二人組。お二人は知り合いというわけではなく、毎年正月に初日の出を見るときにだけこの山で出会うのだという。
初日の出を待ちつつ話をしているとまた一人、白人らしい顔立ちの男性がやってくる。この方もお二人と知り合いというわけではなく、毎年正月に初日の出を見るときだけにこの山で出会うのだという。
先にいた女性の方は生粋の日本人である。しかし自己紹介された名前はとても日本のものとは思えない。尋ねてみると、昔に流行ったCMの真似をして外国風の名前を名乗っていたら定着し、今では郵便物すら外国風の名前で届くくらいに定着し、逆に本名の方が知られていないとのことだった。一方あとから来た男性の方は日本国籍を取得し日本名を名乗っている。
太陽は久万高原の方角から上がるはずだ。しかし雲が厚い。去年も雲が厚かったが待っていたら甲斐あって初日の出を拝むことができたという話題で盛り上がっている。
女性は笑い話を披露する。
去年のことである。雲がかかっており日の出はもう無理かもな……という雰囲気がただよっていて、同席していた悲しそうな顔をしている子供に「人生、あきらめが肝心やで!」と言っていた。しかし初日の出がでたとたん、「ほら!何事もあきらめたらあかんで!」と言ったという話だ。子供はぽかーんとした顔を彼女に向けた。大人は都合いいなーというオチでしめくくられた。
今年は無理かもねーという雰囲気が漂う中、雲の切れ間から瞬間、光が差した。
真っ赤な光は太陽のもの。初日の出がちゃんと姿を現した。みんなで写真を撮りまくりわいわいと楽しむ。
一通り写真を撮り終えて3人が去った後、犬を連れたご夫婦が山頂にやってきた。
太陽はすでに雲をつきぬけてしっかり輝いている。ご夫婦は写真を撮り、コーヒーをふるまってくださった。お遍路であることを告げると飴玉をいただき、昨日ここで泊まったことを告げると「えーここで泊まったの?!火はちゃんと管理してね!」と言われた。どうやらこの山、去年、といってもほんの二か月前なのだが、火事があったらしい。
ご夫婦の男性は消防団に属しており、その時の様子を語ってくれた。
夕方に火の手があがり、通報が届いた。山頂からの眺めはもちろん、ふもとからもよく見えるこの山頂が燃えるさまは山のぐるり360度すべての集落から見えており、通報がどんどん来た。
山頂には水がない。消防団は20mホースを60本つないで、ようやって山頂まで水をもっていった。日頃の訓練の甲斐あり素早く鎮火させたので大事には至らなかったが、風の強さや天候いかんでは太山寺はおろか周辺の家家も燃えていただろう。火元はいまだ明らかになっていないが、山頂の一本の木の根元が特に真っ黒にこげていたので、そこが火の発生元であり、火種はハイカーが捨てたタバコが原因ではないかと推察されている。
なるほどきのうの焦げ臭さは火事の残り香だったのか。言われてみれば周りを見渡すと木の幹が黒く焦げている。
ご夫婦は山を下りていく。
私はプレミアムモルツのロング缶を開けると朝日をみながら喉を潤した。
その後もいろんな人が登っては降りていく。なんだかNHKの72時間定点観測する番組を見ている気分だな、と思いながら松山の人々と会話する。そうして日も高くなった11時頃、テントを撤収して山を下りた。
寺にはたくさんの初詣客が訪れている。だが奥の院まで行く人はまれらしい。
御朱印帳を抱えた人に今日中に円明寺へ行くか尋ねられ、行きませんと答えた。もしかしたら方向が同じだったら車に乗せてくれる心づもりだったのかもしれない。感謝しつつ寺を辞する。
今日は一日お休みにするので、これから松山市街のホテルへ向かう。微妙に逆打ちになるので道標がない分、道がわかりづらい。成願寺や久万ノ台温泉などをおとずれつつ次の機会のために野宿適地を探しつつ歩く。松山の市街地まで来てセブンイレブンの前でWi-Fiだけ借りて明日以降の予定を立てる。どうもそこで手袋を片方落としたらしく、ここから先は片方手袋ナシで旅をつづけることになる。Wi-Fiを使ったのに何も購入しなかったため『やられた』のだ。反省した。
時間をつぶしてホテルに到着し、今日はゆっくりと過ごした。
【使ったお金】
ごはん 624円
お酒 539円
お賽銭 0円
宿 3,400円
洗濯 500円
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