三十五日目 その2
2020.12.30(水)
行程:古岩屋バス停→四十四番大宝寺→四十六番浄瑠璃寺→四十七番八坂寺→別格九番文珠院→四十八番西林寺→杖ノ渕公園



 三坂峠から駆け下りる。旧遍路宿『坂本屋』再建地に着く。
 普段なら坂本屋はお接待所として開いているのだろう。今はトイレだけが開いている。清潔に保たれたトイレをありがたく利用させていただき、軒下で一休みする。頂いたパンをかじると女性の言う通りむちゃくちゃおいしい。クリームもカレーも既製品でないことは瞭然。特にクリーム。この、もったりとした、口の中で溶けない、ごろごろした感じ。めっちゃ旨い……。もう一個食べたいが一個しかないのである。

 雪も雨も止んだ。県道194号ぞいにひなびた集落を北上する。弘法大師の網掛け石、丹波の里接待所(閉まってる)などを横目に歩いて行くと四十六番札所浄瑠璃寺にたどり着いた。参拝し、すぐお隣の四十七番札所八坂寺へ。八坂寺には陳腐な閻魔堂があり、地獄の道、天国の道、などという絵展示がされている。参拝し、すぐお隣の別格九番文珠院へ。珠をいただいて次は大宮八幡神社へ向かう。この神社に生えているイブキビャクシンの根もとに『金平(こんぺい)狸』が祀られている。四国は狸信仰が篤い土地なのである


【札始大師堂】
 参拝を終え、さらに北へ。『札始大師堂』に着く。別名、小村大師堂。小村は地名。お遍路の開祖といわれる『衛門三郎』が最初に参拝した御大師様といわれているので、札始大師堂と呼ばれている。この大師堂は宿泊させてもらうことができる。

 私はお遍路には何の予備知識もなしにやってきた。よって、真念さんのことも知らないし、衛門三郎のことも知らない。お遍路の歴史も何も知らない。それでよかったと思っている。もしお遍路の道中で知る機会があるのなら、それは私に縁のあることだし、知る機会がなければ縁のないことだからだ。そもそも私にとってのお遍路の動機は、長期旅と野宿の練習だ、お遍路であること自体に意味はない。

 しかしここで衛門三郎と出会ったので、どういう人物なのか記しておこう。

 小村大師堂の横には川がある。空海が四国を産業振興のため巡業していたとき、その川が大水であふれた。そこで空海は川の横に草庵を結び、当時この地の富豪で会った衛門三郎に相談をしに行った。川の治水土木工事の相談に行ったのだ。
 ところがこの衛門三郎、一般庶民からは強欲非道慳貪邪見の人として知られており、空海を見るや乞食が来たと追い返した。何日もやってくるのでついに竹ぼうきで空海の持っていた鉢を打ち割ったという。その後空海が来ることはなかった。
 それからどうしたことか、衛門三郎の八人の子供が次々と死んでいった。無常を呪った衛門三郎は、ふと、乞食姿の旅僧のことを思い出した。それはもしや、今都で有名な、生神様仏様とあがめられている空海ではなかったのか?もしかして何か相談事があったのではないか?そう考えて大勢の者に探させたがみつからない、決心した衛門三郎は荷俵を背負い、三衣を首に、足中草履に杖笠を構えて(つまりお遍路の姿)空海に面会して詫びようと、小村までやってきた。小村に置かれた大師像を見て、そこで一夜を明かし、翌日、目印に名札(木製)を添えて、そこから空海の跡をたずねる旅に出た。

 以上がお遍路の開祖、衛門三郎のお話であり、小村大師堂の縁起だ。
 なお、空海が工事しようとした川は松山城主加藤嘉明の家臣、足立重信により工事され、今は重信川と呼ばれる。
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【杖ノ渕公園】
 重信川を渡り松山自動車道をくぐりさらに北へ。四十八番札所西林寺に参拝。今日のお宿は西林寺奥の院の杖ノ渕公園だ。でっかい駐車場にはたくさん車がとまり、公園は家族連れでにぎわう。幕営準備をするには早すぎる。公園のすみのでっかい東屋で座りパンをかじる。
 東屋の壁に張り紙がある。いわく、『人不足により公園での夜間の安全性を確保できないので野宿をしばらく禁止します』とのこと。
 どうやら今までは公園管理者に届を出すことにより野宿OKという方式だったようだ。それが、夜間に見回りをできる人員がいないのでできなくなった、ということらしい。
 ならばなにかあっても公園に責任を負わせないのであれば野営OKということだろう。そう解釈したのでここで幕営することにした。

 まだ日が高いので少し遠いが『南道後温泉ていれぎの湯』へ向かう。荷物は東屋にデポする。温泉でひとっぷろあびて公園に戻ってくる。駐車場は閉まる。暗くなったことを確認し、まわりに光が漏れないよう注意しながらテントをたてる。
 明日は大みそか。道の駅で購入した正月飾りをテントの入り口に巻き付けて年末気分をだす。しかし夕食はパンである。うまいからいいのである。

 お遍路、特に劇的な出会いなんてなくて、普通に寺回って普通に終わって普通に帰るんだろうな……そう思っていたのだが、自分のやり方次第でいくらでも出会いはあったりなかったりするのだ。
 そんなことを考えつつ、人目におびえながら眠りについた。


【歩いた距離、歩数】
40.14km 58,507歩

【使ったお金】
ごはん 1,279円
お賽銭 8円
珠   300円
お風呂 700円