三十二日目
2020.12.27(日)
行程:肱川河川敷→別格七番金山出石寺→別格八番十夜ヶ橋



 テントの内側がすごく濡れている。川沿いは水分が多くて嫌になっちゃうな。そう考えながらジッパーを開けて外を見るとまっしろの霧に包まれていた。今日訪問する別格七番札所『出石寺(しゅっせきじ)』は景色が良い寺ときいている。こんな霧では展望も望めまい……がっくりしながらうどんをゆでる。ガス缶を降ると液体は残り半分を切っているようだ。あと何回くらい使えるのか見当がつかない。どこかで一缶調達しておきたいところである。
 朝6:00。ザックを駅前のコインロッカーにあずけて最小限の荷物で出石寺へと出発である。


【標高300mの景色】
 出石寺への道は大きく3ルートある。
 延々車道を歩いて最後に1時間ほど山道を歩く高山ルート、大洲西トンネルをぬけてJR伊予平野駅から沼田川ぞいに進み山道へ入り前述の車道に合流する平野ルート、JR伊予平野駅から沼田川ぞいにすすみ車道と合流したり離れたりする瀬田ルートだ。(もう一つ、高山ルートに合流する阿蔵ルートというのもある)
 私は山道をたくさん歩くルートを選ぶ……と言いたいところだが、アクセス難度と野営地を考えて、JR大洲駅から車道を延々歩く高山ルートを選んだ。
 結果的にこのルートを選んだことは大勝利だった。

 県道234号を歩き久米川を渡る。辺りはあいかわらず霧で真っ白だ。
 JR西大洲駅の脇へ車道を進む。線路を渡り小学校の横を通り集落の行き止まりから車道はどんどん高度を上げる。標高230メートルくらいで左折し崖の上に立つ集落を抜ける。
 ここで霧が晴れる。
 眼下には息をのむ景色が広がっていた。
 標高たった200~300メートルそこらでこうなるものなのか。
 麓を雲がうめつくし、雲をかきわけて山々がぽこぽこと頭を出している。雲海だ。街はいまだ霧の中のはずだ。それが、こうして少し離れるだけでまるで違う世界が広がっているのか。
 夜明け。太陽がでてくると同時に世界は黄色背景の水墨画になる。ほれぼれする。何度もカメラのシャッターを切る。
 他のルートから出石寺を目指していたらこの雲海は臨めなかったであろう。大勝利である。
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【別格七番札所、金山出石寺】
 車道から山道に合流する。
 ネット情報では道がわかりにくい、迷いやすい、到達難易度ナンバーワン寺、などと書かれていたが実際は看板が豊富で迷う心配はなかった。しかし看板がなければ迷い込んでしまいそうな脇道もあり、初見泣かせの寺であることに違いはなさそうだ。

 しばらく進むと大量の地蔵に迎えられる。歴史的に地蔵を奉納する人が絶えない寺だったようだ。今では『お願い』なんて看板が立っていて、もう地蔵を置く場所がない。地蔵を奉納する際は寺に一言くれ、勝手に置いて行かないでくれ、という内容が書かれている。

 ところで地蔵の中に翁像が紛れていたがいったい何だったんだろうか。これも信仰者の奉納なのだろうか。

 寺に到着である。鳥居より大きいドでかい大師像に迎えられる。門につられた鐘を二度叩く。出石寺はうどんが有名らしい。10時営業開始である。参拝しているうちに10時になったので土産物屋兼うどん屋に立ち寄る。明らかに接客業にむいてない兄ちゃんが相手をしてくれた。
 うどんはしいたけが甘くて旨くて冷えた体を温めてくれた。
 このうどん屋は人気のうちに今年の3月に営業を終えた。あの兄ちゃんは独立してうどん屋をしているのか。うどんなんてつくりたくなくて寺を出て行ったのか。不明である。


【別格八番札所十夜ヶ橋へ】
 下山である。来た道を戻る。8kmの車道歩きは冗長である。急ぐ気もないし車が通る気配もないのでガイドブックに目を落として歩く。
 懸案事項だ。
 八十八か所巡礼の次の目的地は四十四番札所大宝寺と四十五番札所岩屋寺である。この二つのお寺は久万高原という高地にある。山登りである。
 この二つにどういったルートで行こうか。どこで寝ようか。それがいまだ決まらない。このルートを通ったらここで飯を買ってここで泊まって……いや、このルートの方が楽しそうか……?うんうnうなって考える。
 天気も問題なのだ。低気圧が接近している。下手すると大雪で足止めを食らう可能性がある。今の装備で雪山の中で野営などごめんである。
 うまく雪を避けて進むにはどのルートを歩くのが最善なのか、頭をひねりながら車道を下っていく。

 いつもよりたっぷり時間をかけて8kmを歩き人の生活圏に到着する。もうガイドブックに気をとられながら歩いてはいられない。

 車道の角にコメリハードグリーンを見つける。そういえばガス缶が欲しいのだと思い出す。
 脳内でお大師様が”その店に入っても無駄だぞ、コメリハードグリーンにガス缶は置いてないぞ”とつぶやくが念のため入店して探してみる。果たして無駄足だった。さすがお大師様である。

 さて。少し打ち戻ると温泉があるがどうしようか……。行くの面倒くさいしさっさと野営したいな、と考えつつも脳内でお大師様とお不動様が温泉行ったほうがいいぞとつぶやく。2対1である。しぶしぶ温泉へ行った。果たして、行ってみた『臥竜の湯』はお遍路さん100円引きだしWi-Fiとんでるしコンセントで充電できるしで行ったことを後悔する要素がゼロだった。さすがお大師様である。


【十夜ヶ橋で野宿】
 別格八番札所『十夜ヶ橋(とよがはし)』を目指す。
 ダイキでガス缶を、アルペンで靴下を購入する。アルペンのレジの女性がお遍路すごいですね、がんばってくださいと声をかけてくれて嬉しくなる。
 別格八番霊場十夜ヶ橋に着いた。すでに17時を過ぎているので参拝のみ済ませる。納経所は明日行くことにする。閉店ギリギリのこの時間、駐車場に停まった車からはあわてて走り出てくる白衣の姿がある。週末お遍路さんかもしれない。今日中に行かないと御朱印がもらえない!ということなのだろう。

 時間だけはクソほどある歩き遍路こと私は参拝を終えて橋の下へ行く。橋の下にやってくると1分も経たぬ間に雨が降ってきた。もう少し遅かったら濡れているところだった。すごいタイミングだ。お大師様に守られているのか。そういうことにしておこう。

 さて。十夜ヶ橋というのは何か。
 一言で言うとお大師様が泊まった橋である。あまりの寒さに一夜が十夜にも感じられたので十夜ヶ橋ということである。
 数日前に野村集落で見た十夜野の伝承と被る。きっと探せばほかにも似た伝承をもつ地名があるのだろう。
 この十夜ヶ橋はクソ有名霊場である。
 橋の下には横たわる大師像があり、毛布が何枚もかぶせられている。お遍路さんだけでなく地元の人も普段から参詣する、人の絶えない現役の霊場である。
 川の横には鯉の餌が置いてある。1カップ10円だ。
 たわむれに1カップすくって川にばらまいた。川には鯉がざっと100匹ほどいる。生き物虐待の様相だ。ハトが鯉の餌目当てによってくる。あとあと考えたらハトの糞被害を非常に受けそうな場所にテントを張ったと思う。きっとお大師様に守られているので糞被害は受けないのだろう。そういうことにしておこう。

 十夜ヶ橋の周りはインフラがめっちゃ整う。
 激安スーパー、ホームセンター、アウトドアショップ、ホテル、コインランドリー、カラオケ、ネットカフェ、居酒屋、回転すし……便利すぎてここで住める。
 トイレは十夜ヶ橋の通夜堂横にあるが、そこよりも24時間営業スーパーラ・ムーのトイレの方がきれいだ。

 夜飯はココイチに行った。注文したカレーが来るまでの間はハイキューを読んでいた。
 夕飯を終えて飯の調達を終える。
 すでに真っ暗だがその後も3人ほど参拝者がやってきて寝ているお大師像にお参りをしていく。
 さすがに野宿の聖地だけあって私のテントを見ても誰も驚いたりしない。あって当然のような顔で「こんばんわ」「ご苦労様です」などと声をかけてくれる。

 人の足音、鯉の水音、ハトの鳴き声、雨が叩く音、橋の上をぎゅんぎゅん車が走る音。
 にぎやかなはずなんだけどなんとなく穏やかな雰囲気をもつ、不思議な場所。
 レインカバーとシュラフにくるまり、気温以上に温かい気持ちになりつつ眠りについた。
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歩いた距離、歩数
41.59km 60,398歩

つかったお金
ごはん 2,625円
お賽銭 0円
珠   300円
お風呂 360円
コインロッカー  200円
ガス缶 547円
靴下  649円