生存確認


こめの旅日記。

三十五日目 その1
2020.12.30(水)
行程:古岩屋バス停→四十四番大宝寺→四十六番浄瑠璃寺→四十七番八坂寺→別格九番文珠院→四十八番西林寺→杖ノ渕公園



【『人生』を真剣に考えるひと】
 12/29夜。
 雨は予報を外さずやってきた。真っ暗な中雨がざざと降っている。
 その夜は古岩屋バス停内に幕営した。古岩屋バス停は広い。かつては乗車券発売所があったのだろう。ベンチは30人は座れそうだし、テントも3つは張れそうだ。トイレと自販機もすぐ横にあり便利だ。おまけに隣は温泉だ。ここで野宿するお遍路は多いだろう。
 夕飯のカレーうどんと福神漬けを食って寝る前のストレッチをしていると「こんばんは!」と声をかけられた。すわ、警察の職質だろうか?「こんばんは!」と返してテントから体を出す。
 「一晩ご一緒していいですか?」白衣に菅笠、手には金剛杖。お遍路さんだった。
 「どうぞどうぞ!……ずいぶん遅いですね」「そこの温泉に行ってたんですよ」「なるほど、私も行きました」「僕、こっちの方で寝るんで」「あ、そこに電気のスイッチありますんで点けてくださいよ」「いやいや、いいです、このくらいの光量で」
 ランタンの光の下、彼は寝床をつくりはじめた。彼の寝床はテントではない。テントなし野宿オンリーで旅をしている。
 その理由はすぐにわかった。

 「僕、こういうことやってるんですよ」彼はリュックにつけている看板を見せてくれた。
『コーヒー点てます』
 お接待をしてくれた人、コーヒー飲ませて!と言ってきた人にコーヒーを点てて歩き遍路をしているのだ。せっかく出会ったのだからお茶でもして1時間くらいお話ししていきませんか?ということだ。そうやって出会った人とお話をしているから、毎日どれだけ進めるかわからないので野宿が都合がいい、とのこと。
 「だから明日の朝、コーヒーいれさせてくださいね」
 願ってもない話である。

 そして朝である。テントを片付けている傍らで彼はコーヒーの準備を始めた。
 バス停内のベンチの上に藍染めのふろしきを広げる。お湯は南部鉄器の急須でわかす。コーヒーを注ぐ器は湯飲み茶碗だ。ほかにもコンロ、豆を炒る道具、各種豆……コーヒー用品だけで4kgはありそうだ。そりゃあテントを持つ余裕はない。おまけに彼の足元はわらじだ。茶を入れて歩く人、茶人だから履物はわらじだろう。という発想によりそのいでたちで旅をしている。だから荷物が重たいと足へのダメージがひどく、20km歩くだけでもキツいそうだ。
 
 彼は学校卒業後、一度も就職ということをしたことがない。彼についての詳しいことは『フリーコーヒー』でググれば一発で出てくるのでそちらで参照していただければいいと思う。彼は自転車でアラスカやら砂漠やらを走っていたそうだ。海外では旅先から日本の学校へリモート授業を行ったり、スポンサーをつけたりして日銭を稼いでいたらしい。著書があるかと聞いてみたら、本のオファーは来んねえ……とつぶやいた。
 海外自転車旅から国内旅にシフトしたのは強盗に二度出会ったことがきっかけ。海外で無一文になりパスポートも盗られたがその時はネットの仲間や旅先の人にお世話になり助かった。助かったが、結局お金がなければ何もできないのだろうか?お金の可能性に限界を感じ、帰国後、
 お金がなかったら生きていけないのか?現代は人とのつながりが希薄だ、助け合いの精神も希薄だというが、それは人の心が変わったのではなくて人とつながる場が無いだけなのではないか?では、場を提供すれば人とのつながりができて助け合いもできるのでは?よし、実験しよう。
 と考え、コーヒーセットのみを持って無一文で旅に出たそうだ。
 街の一角にふろしきをひろげ、『コーヒー点てます、お返しはなんでもいいです』と看板をたてていた。次第に人がやってきてコーヒー片手にお話をする。そのうち『お返し』がたくさんありすぎて食べきれなくなった。そこで、『お返し要らず』の『フリーコーヒー』に転向する。完全に無料無償でコーヒーをふるまうのだ。そしたらそれはそれで、コーヒー飲みながら無一文で旅してるんです~なんて話をしていると、じゃあこれで何か食えよ、とお金をくれる人がいたり、これ食えよ、と食べ物をくれる人もいたりして、世の中お金なんてなくても人とのつながりだけでやっていける、そして、人とのつながりが希薄というのは人の心が変わったからではなく、環境が変わっただけなのだ、と確信した。
 その延長にこのフリーコーヒーお遍路がある。

「……うまい……」
 この日いただいたコーヒーはお遍路ブレンド。四国の知り合いのカフェの方にブレンドしてもらった豆だそうだ。

 しっかりとしたコクと酸味と少な目の苦み。厚みのある味。

 己がなにをすべきなのか、なぜ生まれてきて何を世界に求められていてそして自分は何をしたいのか。『人生』について真剣に向き合って、常に頭を動かしている人間が点てるコーヒーは、偽物ではないごまかしのない、ちゃんとしたコーヒーの味がした。

  雨がやんできた。外も明るくなってきた。
 茶人は四十五番札所の岩屋寺へ向かう。私は四十四番札所の大宝寺へ向かう。ここでお別れだ。
「また会いましょう!」
 名刺をいただいてこちらはお札を渡し、互いに違う道を進んだ。

 ちなみだが彼、十夜が橋で通夜堂にとまってた人であり、小田せせらぎの里で手袋を拾った人でもある。もう一度くらいお遍路で会うかと思ったが、いかんせん私が寄り道しすぎてて会うことはなかった。
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【ひとのことを真剣に心配できるひと】
 やんできたかと思えた雨はまだ強くなってきた。大宝寺に参拝し、寺を辞する。
 国道33号を北進する。再び小降りになってきた雨は雪に変わりつつある。風がびうびうと顔をなぐり、ときおりあられがぴちぴちと頬を叩く。痛い。
 それでも私の装備はいうて山用である。ゴアテックスである。これくらいの天候で泣き言をいう理由も歩くことをやめる理由も皆無である。

 ガシガシ歩いていると「お遍路さーん!」と声をかけられた。声のするほうを見ると道端に白いワゴンが止まっている。運転手が声の主だ。
 車が来ないことを左右確認すると道路を渡りワゴンに駆け寄る。
「お遍路さん、パン食べませんか?!」「いただきます!!」ノータイムで返事をした。
「一回通り過ぎたんだけどね、見てみたら女性だしまだ若いし……それに雨も降ってるし。かわいそうになって、また戻ってきたの!」と言う。わざわざありがとうございます。
 運転手、女性は車を降りるとトランクを開ける。そこには紙袋が並んでいる。
「甘いのと日持ちするのとどっちがいい??」「えー甘いので!」またもやノータイムで返事をした。
「甘いのかー……」そう言って彼女は紙袋にいろんなパンをつめこんでいく。
「カレーパンとクリームパンがすっごいおいしいのよ……。ここ、私のすっごい好きなパン屋さんで」
「ああ、パンがたくさんあるからパン屋さんかと思いました!」
「あはは、違う違う。みんなで食べる予定だったから、たくさん買ってきたの!私の好きなものばっかりだけどね」
「好きなものなのに、もらっちゃっていいんですか?しかもこんなに……」
「いいのいいの!」
「みんなで食べる予定だったのに……私が最初にもらっちゃいましたね」
「ほんとだねー!」
 クリームパン、カレーパン、ベーコンエピ、なんかでっかいの(カンパーニュっていうのかな?)、メロンパン……これもう全種類くれたんじゃないかというラインナップだ。四国の人、サービス精神が旺盛すぎる。
「!あ、これもおいしいから!!」
 ついでにポテトチップスまでいただいた。
「え、こんなに……」
「ポテトチップス嫌い?」
「いえ、大好きです!!」
 お接待は断ってはいけない原則に従って遠慮なくいただく。ちなみに遠慮するとだいたい怪訝な顔をされるので、もらえるものは気持ちよくいただいたほうが良い。
 たくさんのパンをいただき感謝し彼女と別れた。

 ワゴン車を見送り歩き出すとにわかに雪が強くなってきた。
 吹雪はメガネのレンズに積もる。手にしたパンの袋が濡れて破れそうだ。
 道路沿いのお遍路休憩所で荷物を整理する。若い男性のお遍路さんが休憩所にいた。ろくなレインウェアもなくて南無大師遍照金剛と書かれた質素なポンチョを着ている。この装備ではここから三坂峠越えは山慣れしていないとしんどいだろう。
 雪降ってきましたねえ、と声をかけ、先ほどいただいたメロンパンをおすそわけする。お遍路さんからお接待をもらうなんて……と彼は恐縮していたが、いっぱいあるのに一個しかおすそわけしない私はかなりケチだな、と自分では評価した。

 雪はどんどん積もる。国道も景色は灰色だ。
 看板に従って三坂峠に入る。三坂峠は心霊スポットとして有名だ。とはいえ周辺には人家がたくさんある。この場所を心霊スポットと呼ぶのは住民に失礼だろう。
 おそらく心霊スポットなのは国道上だけであり、走り屋たちがつくった噂話だろうと思う。ガチの心霊スポットではないだろう。ガチスポットは足摺岬くらいである。

 雪が降り始めて10分も経っていないだろう、しかし地面はすでに真っ白だ。びょうびょうと風が下から吹いてくる。しかしこれを下ればもう大した場所もあるまいとガシガシ下る。雪と風を除けば山道としては大して険しい道でもない。雪から逃げるように高速で山道を駆け降りた。

三十四日目
2020.12.29(火)
行程:道の駅小田の郷せせらぎ→四十五番札所『岩屋寺』→古岩屋バス停



 起床。
 テントは外も中も水滴でびっしょびしょになっている。設営場所が川に近すぎた。もっと奥にテントを立てればよかった。

 さて、今日の行程についてだ。
 四十四番札所から四十五番札所までの一般的な遍路道は往復をする。一度歩いた道をまた歩いて戻らねばならない。そんなつまらないことは御免なので違う道を選ぶ。『農祖峠(のうそのとう)』→『日の出橋』→『素鷲(すが)神社』ルートだ。遍路ステッカーだけを見て歩いていると出会えない道だ。16年前のガイドブックには載っているが、最近のガイドブックには載ってないかもしれない。しかしだからこそ不安もある。本当に歩ける道がついているのか?不安でいっぱいになりながら小田のAコープで購入したオムそばをもぐもぐする。クッカーで温めた豚汁で一息ついてパンをかじる。咀嚼音と川のせせらぎとテントに水滴がついてふくらんでいく音だけが耳に届く。


【農祖峠越え】
 6:20、出発である。ここから先は商店が皆無。4食分くらいの飯を持っていく。いつもよりザックが重い。水の心配はしていない。どんな田舎でも集落があれば自動販売機があるということは今までの旅で学習済みだからだ。
 国道380号ぞいに進む。左手に『畑峠(はたのとう)』経由の遍路看板が現れる。こんな道はガイドブックに載ってない。どこにつながるのかわからないがおそらく『鴇田(ひわた)峠』につながる道だと思われる。できるだけトンネルではなく古道を歩きたいところだが私が目指す方向と違う。道を見送り国道をまっすぐ進んで『新真弓トンネル』を抜ける。『父峰村(ふじみねむら)』の集落に入る。霜のおりる集落はじんと冷える。二名川と出合い左折する。
 しばらくして山に入り農祖峠を越える。
 道なりに下りていくと『→岩屋寺←大宝寺』の道標に出会う。道標とともに立つ看板には『岩屋寺への遍路道は〇通。当所を〇へ、大宝寺から岩屋寺へとお進みください。』と書かれている。前者の〇には『不』、後者の〇には『左』が入るようだ。今は不通ではない、右へ行ける、ということだ。意気揚々と右へ進む。
 国道33号に下りる。ここで左折したら久万町の中心部に着く。久万町中心部にたどり着けば飯も宿もふんだんにある。だがそっちには行かない。面白くないので……。県道153号へ進む。山を切り開いた広い車道だ。車道なので傾斜は強い。えっちら上り『中の村』集落に入る。『→岩屋寺』という道標にしたがい右折。道なりに進むと日の出橋があり、橋の前で左折する。
 廃村へ入っていく。遍路ステッカーこそないが古い石の道標がある。他では見ないタイプなのでこの村オリジナルのものだろう。廃屋をいくつか見送り村の最奥へ進むと失礼ながら廃村には似つかわしくない立派な鳥居とこけむした参道が目の前に現れた。『素鷲神社』である。
 あまりの立派さにしばし見惚れる。こけむした階段を上り拝殿へ。神楽も奉納できそうな広い拝殿だ。階段がゆがんでいたり拝殿床に苔が生えたりはしているものの管理はきちんとされている風だ。
 賽銭箱の横に置かれた菓子缶をあけると一冊のノートがある。住所と名前を書き込み再びふたをする。
 面々と続く信仰心に感銘をうけつつ休憩をすませ神社を辞する。ここからは山登りである。
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【槙ノ谷ルート】
 『槙の谷』から山に入る。登山道ぞいに『大村邸』、『黒川邸跡』、『前田邸跡』、『福住邸跡』、『高岡邸跡』、などと家跡があるらしいがよくわからない。道に従い高度をあげていくと植樹の伐採に使われたのであろうブルドーザー道が横断し、遍路道が断絶している。コンパスで方角を確認しつつ歩いているとピンクテープが見える。テープに従い進むとそれらしい道があらわれるので進んでいく。
 しばらくして鯖大師の札『お大師様も歩かれた道』が現れてここが遍路道だと確信する。
 踏みあとぞいに進んでいくと八丁坂の茶店跡に着くことができた。
 案内板曰く。『ここは、野尻から中野村を経て槙ノ谷から上がる「打ちもどり」なしのコースとの出会い場所です。槙ノ谷は 昔 七島村の組内30戸程の人達が、この道こそ本来のコースであることを示そうとの意気込みを持って、延享5年「西暦1748年」に建てた「遍照金剛」と彫った大石碑が建っています。』
 そこには遍路道道標の倍以上ある高さ、両手で抱えるほどの大きさの見上げる石碑が立っていた。
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【四十五番札所岩屋寺へ】
 ざくざくと進んでいくとやがて道は下りになる。般若心経が書かれた壁に囲まれた真っ赤な不動明王像が見えてくる。さらに進むとお堂とその裏に見上げる岩壁があらわれる。岩屋寺奥の院の『白山逼割(せりわり)行場』だ。納経所でお金を払って鍵をもらえばこの岩山を登らせてもらえるらしい。お金を払って得るものに価値はないと考えるのでここはスルーだ。
 どんどん降りていくと仏像の姿が目立ってくる。『三十六童子行場』だ。男性が一人あがってきた。
「わっ。こんなところ歩くお遍路さんいるんですね……」
「いやまあ、遍路道ですから」
 なんて会話を交わして進む。まあ、ここを歩いていた当時、お遍路さんの一般的な道はここじゃないってことすら知らんかったけど。
 さて、山を下り切って岩屋寺に到着である。岩屋寺は山をのぼって到着する寺なのに、下りて到着なんてなんだか愉快だ。
 参拝をすます。
 建物の裏には屏風のような岩壁がそびえている。これを見るためだけに来ても価値がある寺だろう。
 寺を辞する。三門前の階段をカップルが上ってくる。さらに下る。参道の両側には営業していない商店が並ぶ。土日祝しか営業していないのか、covid19の影響かはわからない。なんにせよ静かなのはいいことだ。
 県道12号に合流し、わざわざ歩きにくい遍路道を選んで歩を進める。川の水がきれいだ。なんて思いながら古岩屋荘バス停に到着である。
 古岩屋荘では温泉に入ることができる。ゆっくり体を温めて、コインランドリーで洗濯をし、テントとシュラフを乾かして、いい時間になって古岩屋バス停にテントを張った。

 そして夜、バス停に訪問者が現れる……。


【歩いた距離、歩数】
35.89km 51,986歩

【使ったお金】
ごはん 460円
お賽銭 2円
お風呂 400円
洗濯  400円

三十三日目
2020.12.28(月)
行程:別格八番十夜ヶ橋→道の駅内子フレッシュパークからり→道の駅小田の郷せせらぎ



 起床。予想はしていたがテントの中もシュラフもじっとり濡れている。川沿いだから仕方ない。
 クッカーでうどんを煮る。コンビニの肉じゃがを放り込んで肉じゃがうどんにする。
 十夜ヶ橋の納経所がひらくのは7時だ。毎朝4時起きの私は手持ち無沙汰。鯉をぼーっと眺めてから十夜ヶ橋通夜堂隣のトイレへ行く。トイレは水洗ではないし臭うしあまり良い場所ではなかった。もちろん使わせてもらえるだけでありがたい。
 隣の通夜堂には電気が点いている。覗いてみると白衣に菅笠姿の男性が一人、通夜堂内のお大師像に一礼している。外にはわらじがある。本格的なお遍路装備だ。もう出発するのだろうか。だとしたらこれから先彼に再会することはないだろう。
 セブンイレブンへ行く。道路を渡ったところでトイレの電気を消し忘れたことに気が付いた。コンビニから戻るときに消すことにする。
 セブンイレブンにて生まれて初めてコンビニのコーヒーをいただく。うまい。100円でこの味なのか。なぜ今まで130円も出してクソ不味い自販機の缶コーヒーなど飲んでいたのだろう。

 コーヒーを飲み終えてテントへ戻る。通夜道を見てみると電気が消えている。先ほどのお遍路さんは出発したのだろう。横のトイレを見てみるとこちらも電気が消えている。先ほどのお遍路さんが消してくれたのかもしれない。ありがとうございます。ほんとは直接お礼とお詫びを入れておきたいところだが、それは叶わない。心の中で礼と詫びをする。

 十夜ヶ橋に戻ってくる。まだ薄暗い。それでも参拝者はやってくる。
 テントを畳んで7:00。納経所でインターホンを押して珠をいただく。7:30、出発である。


【内子町の中心地へ】
 もう年末。だいぶ寒い。午前中はレインウェアと厚手の手袋が欠かせない。
 国道56号沿いに歩き新谷(にいや)集落で脇道を進みまた国道に合流し五十崎(いかざき)の駅近くで遍路看板に導かれ脇道へ入る。やがて遍路道は野球場横に出てくる。この近くにある『願成寺』は番外霊場だ。参拝はパスする。歩き疲れているのだ。願成寺の下には『駄馬池』という池があり、弘法大師ゆかりの『思案の堂』がある。池にはコクチョウがたたずんでいた。

 看板に導かれJR内子駅横の線路を渡り内子町に入る。ここは観光地らしい。江戸時代にひらかれた商店街で、かつては『六日市村』あるいは『内の子村』とよばれた。小田川流域で生産される大洲和紙の集散地として問屋が並び、店舗が軒を連ね、特に木蝋で栄えた明治時代は県下で有数の町に発展した。近くには大正5年に建てられた歌舞伎劇場『内子座』があり昔をしのばせる町並みが残る。町中にあるあずまやで腰かけおにぎりを食べる。民家は多いがおそらくこのあたりも野宿適地だ。
 昔の町並みを通り過ぎ国道を横断すると『道の駅内子フレッシュパークからり』にたどり着く。

 道の駅売店は正月飾りを求める人々でにぎわう。私もテントに注連縄をぶらさげたら面白いかもしれない。そう考え、稲わらを直径10センチほどの円形に編み直径2センチほどのみかんを一つつけた正月飾りを購入する。
 売店にはほかにも地元の野菜、果物、総菜、パン、お菓子、などなどが並ぶ。ここで見た姿寿司は酢飯ではなく酢おからだった。
 レストランはまだ営業していなかったのでテイクアウトのハンバーガーを求める。甘味噌をからめた豚肉は実にうまかった。一休みして発とうとすると女性に声をかけられる。
「お遍路さん?これ、あげるわ」
 そう言ってさっそうと立ち去る。女性は私にメロンパンをくださった。ありがとうございます助かります嬉しいですと謝辞を述べて先へ進む。


【内子町集落へ】
 国道379沿いに東へ進む。二泊まで可能な『お遍路無料宿』、当分の間宿泊不可能な『千人宿大師堂』、筏流し祭が行われる川、バス停兼お遍路休憩所、などを見ながら歩いて行く。お遍路休憩所には住民の川柳が飾られている。
 『原発反対 オール電化の 家に住み』
 センスあふれる。
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 遍路道の看板が脇道を指している。人にあいさつしながら歩くことを面倒に感じ始めていたので人に出会うことを避けるために国道沿いを歩こうとする。その前に水を買おうと自販機に立ち寄る。すると向かいのあずまやに座る男性が声をかけてくる。
 「国道行くよりなあ、こっちの道のほうが、ちょーっとばかし短いで。こんなかんじの休憩所もいくつかあってなあ。たまにお遍路さん寝てるわ。夏になるとなあ、その辺の川で水浴びして、それから寝てるねんなあ」
 そう言って笑っている。
 道を教えてくれた礼を言って正直に遍路道を進む。結果的には遍路道の方が歩きやすかった。国道はアップダウンが無駄に激しく歩き疲れた体には辛そうだった。

 のちのち徳島県眉山ロープウェイの横で『おへんろ。』を熟読する機会があった。おへんろ。によると内子町はどぶろく特区らしく、この辺りの集落ではどぶろくをつくっているらしい。休憩所ではお遍路さんにふるまわれることもあるんだそうな。ああ、飲みたかったなあ……。 

 どぶろく特区集落を抜けて人家がみえなくなったころに東屋が見えた。車道沿いに砂利を敷き詰めた区画があり、自転車置き場がある。コンクリートの礎石の上に東屋が建っており、中のは机といすがある。できてまだ日が浅そうだ。
 東屋の壁にタオルをかけて干す。とても日当たりが良くてぽかぽかする。
 そうだ、と思い付きザックを下ろしシュラフを取り出す。シュラフをひろげ、太陽の光に充てる。しばらく休憩しつつ乾燥することとする。自分の体も日光に当てる。15分ほど乾燥休憩をとって先へ進む。


【小田町で幕営する】
 内子町から小田町へ入る。ここで遍路道は別れる。四十四番札所『大宝寺』に行くまでにどんな道を進むかで行く方向は変わる。
 『農祖峠(のうそのとう)』経由ならば右へ。『鴇田峠(ひわたとうげ)』経由なら左だ。
 私はといえば。昨日車道で、テントの中で、うんうんうなって決めたルートは農祖峠経由だ。ちなみに向かうのは大宝寺ではなく、四十五番札所『岩屋寺』だ。

 そして幕営地『道の駅小田の郷せせらぎ』に到着する。
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 せせらぎの名に恥じず川の音がずっと聞こえる。川からふきあがる風は冷たい。
 売店に入る。ぐるり回ってみるがめぼしいものはない。
 川沿いのベンチにザックを置いて徒歩10分ほどのAコープへ買い出しへ行く。
 農祖峠経由岩や寺、その道には店舗が一切ない。今夜から明後日朝までのことを考え6食分ほどの飯を購入し道の駅に戻る。ポテトチップスをかじり炭酸ジュースを飲む。おなかがゆるんででっかいうんこが出る。

 暗くなるのを待つ。川沿いのベンチでガイドブックを見て明日明後日の道を再考する。すると
「お遍路さんですか?」と眼鏡をかけた男性に声をかけられた。
「○○(何て言ってたか忘れた)の友達?」と尋ねられる。
 違いますと答えると、ああ、ごめんなさい、あなたみたいなお遍路さんを待っていたもので、と言って帰っていった。
 再び寒さに耐えながら暗くなるのを待つ。携帯でお遍路日記をつける(まだ二日目の日記だ)。歩き遍路さんがやってきて閉店した売店の前に座った。
 暗くなる。歩き遍路さんもこの道の駅に泊まるのだろうか。
 しばらくすると先ほど私に声をかけてきた男性が道の駅の事務室からやってきて歩き遍路さんを連れて行く。歩き遍路さんが座っていた場所に手袋が放置されており、私はお遍路さんに「忘れてますよ」と拾って渡す。
 眼鏡の男性に、寒いけれど大丈夫ですか?慣れてますか?と聞かれる。とっさに大丈夫ですと答えたがここで大丈夫じゃないですと答えたらもしかして男性の家に泊めてもらえたのかもしれない。
 二人を見送ってまたベンチに戻る。

 そしてテントを建てる。場所は悩みに悩んで自転車置き場、植木の横に建てた。
 ほんとは屋根がある場所が好ましいのだが、屋根がある場所は駐車場から目立つしトイレまでの導線上になる。結果的にはこの場所は間違いだった。売店前に建てるかEV電気スタンドがある側の建物の下に建てればよかった。

 夜もクッカーでうどんを炊く。かきあげを乗せてお惣菜をいただく。
 向かいの内子町自治センターの敷地ではクリスマス風のライトアップがぴかぴかと輝いていた。


歩いた距離、歩数
33.43km 48,556歩

つかったお金
ごはん 3,010円
お賽銭 50円
珠   300円
注連縄 200円

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